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運命の出会い10☆~父~

アクターズを辞めてから4年が過ぎた現在までの間、一度も父とは会っていない。会っていないどころか連絡すら取れずにいる。

昨年一度挨拶に行こうと思い連絡を入れた。
秘書を通して「会長はアンナさんに会う気持ちはないとおっしゃっています。もう違う道を歩んだのだから今さら会っても何も話す事はないし、今後会うつもりもないそうです。」と言われた。

それから私も一度も連絡は入れていない。

辞めてから一度手紙を出した。
「自分の命を懸けられるほどのものに私は出会えました。パパには本当に感謝しています。今の私があるのはパパがここまで指導者として育ててくれたからであり、アクターズでの経験があったからです。私がアクターズに戻る事はもうありません。でもずっと感謝の気持ちは失わずにいます。」と書いて送った。
しばらくしてから父が私の手紙を破り捨てたと聞いた。

そして父が私を籍から抜いて、親子関係を絶ちたいと言っていると聞かされた。

そこまで拒絶されてる事に正直傷ついた。
父を憎んだ事もある。
なぜそこまでするのか悲しくて泣いたりもした。
それでも私はやっぱり父が好きだ。
世界中の誰よりも認めてほしいと願った人だ。
私は今も昔もずっと父に片思いをしている。

他人から見ればなぜ父がそこまでするのか?
異常に思えることもあるのかもしれない。
でも私は理解できる。父の気持ちが。
だからもう責めるつもりはない。

私がこの先再び父と顔を合わせる事はないかもしれない。

でもいつか父に見てもらいたいと思う。
私が自分の人生をかけてやり抜こうとしている事を。
私に命を吹き込んでくれたあの子達の輝きを。

つづく



つづく

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運命の出会い9☆~志~

LOVEJUNXを立ち上げてすぐ、私はこの子達の中からいつの日か絶対プロを育てようと思った。スターを出そう!!!
たくさんの人たちにこの子達の事を知ってもらいたい!
知らないから誤解が生まれ、偏見を持たれ、扉が閉ざされ、可能性が制限されてしまう。知ってもらえれば絶対この子達と関わりたいって思ってくれる人がたくさん出てくるはず!
たくさんの扉が開かれ、生活の中での選択肢が増え、可能性がさらに広がるのではないか!そうすればこの子達だけでなく、日本中のダウン症の子達を取り巻く環境さえも変えられるんじゃないか!

大きな目標を掲げ、そこに向かって突き進もう!
私はやる気に燃えていた。

でも私の中で不安な事がひとつだけあった。私はダウン症に関する知識が全くない。色々と気をつけなければならない事もたくさんあるはず。もっと知りたい。もっと勉強しなければ。
そう思い、まず本屋さんに走ってダウン症に関する本を買い、読み漁った。

難しくてよくわからない...
本の中の情報はネガティブな情報が多く、私が普段接しているあの子達と結びつかない。

ある日ダウン症の子の親御さんに呼び出された。
その方はダウン症の子育てで一目置かれる存在らしく、あっちこっちで講演会などで呼ばれていた。その方に色々聞いてみると、
「あれはできない」「これはできない」そんな事ばかりだった。
私のプロを育てたいという思いも話した。「そんな事無理に決まってる。」と切り捨てられた。レッスンの仕方も全部否定された。「あの子達に自由にやれって言ってもめちゃくちゃにしかできない。意思なんてないも同然。美化しすぎ。ハードなダンスなんて無茶」と言われ「あなたはダンスの指導者としてはプロかもしれないけど、ダウン症の事に関してはド素人なんですから。」と言われた。「あなたの事をおもえばこそのアドバイスです。私の言う通りやってみなさい。このままじゃあなた失敗してみんな離れていくわよ。」と言われた。
「確かにその通りです。でもあなたにそう言われたからと言って、はい、そうですかと自分が感じた可能性の全てを捨てて全部無理だと思いながらレッスンをする事は私にはできません!例え間違っていようとも自分の思ったやり方でやります。それで失敗したとしても悔いは残りません。」と言いその場を離れた。

結局本の中の情報も専門家に聞いた話もこの子達の未来を切り開こうとするには否定的なものばかりだった。

ダウン症の子達は筋力が弱く、激しい運動が苦手とされていた。世界的に見てもダウン症の子達による激しいダンスは前例がなく、そう言ったスクールもない。

なぜ??なぜ誰もダウン症の子達のためのダンスsクールとかやってないの!?エンターテイメントの国アメリカでも?!
え?私ってば無謀な事しようとしてる??
いや!だってあんなにみんなイキイキと踊るじゃない!

全部やめた!こんなの信じてたら何にも新しい事できない!
あの子達の事を知るには本や専門家の知識ではなく、私自身があの子達と接して知っていこう。自分の心で感じた事を信じてつらぬこう!そう決めた。周りがどんなに出来ないと言っても私が出来ると信じれるのならそれでいい!あの子達がやりたいと言ってくれる限りどんな事でもやっていこう!
冒険しなければ、新しい道は切り開けないのだ!

それからはレッスンの後、みんなと一緒に食事をしたり遊んだりした。平日のレッスンのない日も何人かの子達と約束をして会ったり、親御さんたちとお食事会や飲み会をしたりしながら話を聞いた。私なりにダウン症の子達を知っていこうと思った。


その頃もう一つ問題が上がっていた。
LOVEJUNXのレッスンは東京と横浜の二ヶ所でやっていた。横浜のレッスンはアクターズ横浜校のスタジオを借りてやっていたのだ。LOVEJUNXのレッスンのインストラクターは私一人だったが、正直一人ではかなり大変だった。そんな時手伝いますと声をかけてくれたのは私のちょっと前にアクターズをやめていた元アクターズのインストラクターをやっていた子だった。

彼女と私が一緒にやっている事が父の耳に入った。
父が私に言った言葉「やめた連中と関わるな。関われば敵なる。」それを忘れていたわけではない。私は自分の意思でちゃんと選んで決めていた。その子はLJの子達に愛情を持って一生懸命にやってくれていた。この子達を愛してくれる人を大人のつまらないこだわりで排除する気はなかった。

父から社長を通して忠告があったが私はその忠告を無視した。
数日後社長から連絡があり申し訳なさそうに「横浜のスタジオはもう貸せない事になった。」そして父は何かと私に力を貸してくれていた社長に私にはもう関わらないように伝えていた。

こうして私と父はお互いになんの話し合いもないまま、静かに絶縁状態へと突入した。

つづく

ごめんなさい!!!!

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本日、大失態をおかしてしまい皆さんにご迷惑をおかけしてしまいました!!!!

午後の時間帯借りてるはずのラポールボックスが、着いてみるとなんと夜間だった事が判明!!!!

うげげげげげ~~~~!!!!
もうすでにみんなエンジョイのレッスンを受けるためにやってきている。皆さんに事情を説明し、お詫びし、エンジョイレッスン中止を報告。ショックを受けるみなさんに胸が痛む(><)
そしてさらにやる気満々の子供達の「なぜダンスないの?」という途方に暮れた顔。ごめんなさい~~~~!!!!(ToT)

まだ来ていなかった他のクラスのメンバーに急遽連絡を入れレッスンを夕方に変更。しかしすでに来ていたバトルマスター茂樹とサブインストラクター麻理ちゃんは一緒に待ってくれる事に。
二人とも「そういう事もあるよ」「大丈夫だよ」と優しい言葉をかけてくれる。ありがとね~~~~(ToT)

そして待つ事5時間、連絡を聞いてやってきてくれたメンバーが続々集まる。みんな来てくれたんだ~~~!ありがとね~~~~!

今日は皆さんの優しさに救われた一日でした。
はぁやってはいけない失敗だぞ。
反省。
皆さんごめんなさい!!

写真上→時間をつぶす様子
写真中央→レッスンに来てくれたみんな
写真下→「15少年漂流記」を読みながら時間をつぶす茂樹

運命の出会い8☆~旅立ち~

2002年8月いっぱいで私は19年間いたアクターズスクールを辞めた。
悲しい事も楽しい事もつらい事もうれしい事もいっぱいあった。青春の全てを捧げて来た。でも不思議と悲しい気持ちはなく、それより新たに始まる未知なる世界への挑戦で心はいっぱいだった。

9月の一ヶ月間が準備期間。初歩的なところから始めなければならなかった。
スクールの名前を決める事。
本当に色々と悩んだ。なんか深い意味を持たせようとか、かっこいいものとか考えすぎて全然決まらない。最終的には本当にアッサリと決まった。
「LOVEJUNX」
あとで色々とうんちくをつけたが実はすごく単純な決まり方だったのだ。この名前に決まった本当のいきさつは私だけの秘密にしておこう...

それからスクールの説明会を開催する日程、会場を決めたり。レッスンを行う場所、会場探しなどに走り回った。
ライブで関わったダウン症の子達の親御さんをはじめ、ダウン症協会がみんなで力を貸してくださり全てがとてもスムースに進んだ。

10月...いよいよLOVEJUNXの説明会の日を迎えた。どれだけの人たちが来てくれるのかドキドキした。不安な気持ちと久しぶりにみんなに会える嬉しさでいっぱいになっていた。

私の予想をはるかに超える人数が集まった。
LOVEJUNXは2002年10月に100名近い会員数でスタートした。

今でも最初のレッスンの日の事は覚えてる。
楽しくて、楽しくて、死ぬかと思った!レッスン室には子供達と親の笑い声が響いていた。私も親も子供達もみんなが笑いっぱなしだった。

悪夢のような人生最悪の日を迎えた4ヶ月前の事が嘘のようだった。消えてなくなりたいと思った。つらくて苦しくて気がつくと涙がこぼれてた。まさかその数ヵ月後にこんなに幸せな日々を迎える事になるなんて、あの頃の私には想像もつかなかった。人生ってバランスとれてるんだ。つらい事の後には、それと比例するくらいの幸せが待っているものなんだ。そう感じた事を今でも覚えてる。

初日のレッスンを迎えるまでは自分の中では継続する事がLOVEJUNXの最大の目標だと思っていた。しかし初日のレッスンを終えた私の中でその目標はアッサリと変わっていた。
目標にするまでもない。こんな楽しい事辞めるわけがないもん!私の中でやりたい事がどんどんあふれてきた。
あふれる思い、ほとばしる気持ちを止められない!

アクターズにいた頃は自分が何がしたいかなんて考えた事がなかった。いつも父の望む事はなんだろう?こんな時父はどうするだろう?そんな風に考えていた。初めて自分の思いを具現化できる事の幸せでいっぱいになっていた。

しかしこの後、再び色々な壁にぶち当たる事になる。

つづく

運命の出会い7☆~誓い~

東京に戻り、数日後日本ダウン症協会主催のダンスライブ本番当日を迎えた。

会場には全国5ヶ所から集まってきたダウン症の子達とその家族で楽屋も客席も大にぎわいだった。

ダンスライブには沖縄のアクターズの選抜メンバーがゲスト出演する事になっていたので、メンバーも会場入りしていた。
しかしそこには父である会長の姿はない。
代わりに社長(現在LOVEJUNXの所属するNPO法人トイボックスの代表理事を努めている)の姿があった。
社長は申し訳なさそうに「アンナ会長今日は来ない。」と一言。
アクターズの牧野アンナとしての最後の舞台で、新たな道を歩む第一歩の、私にとっては大切な日だった。会長としてでなくても父としてそこには来てほしいと願っていた私はガッカリした。

本番が始まる。
私は司会を務め、みんなを紹介する。
各地から集まったダウン症の子達が元気いっぱい舞台に駆け込んでくる。そして思いっきり自由に楽しそうに、幸せそうに踊る。客席で応援する家族や関係者は大きな声援を送る。
みんなのダンスが終わるとアクターズの選抜メンバーのライブ。私が目にする、アクターズ生の最後のライブ。

そして最後出演者全員がステージに出てライブのテーマソングをみんなで歌い、踊る。みんなの顔は満足感でいっぱいで本当に輝いていた。

そして私は最後の挨拶をするため、ステージ中央に立った。
「ダウン症の子達と出会って私の人生観は大きく変わりました。私はアクターズスクールを出て、残りの人生をこの子達にかけます」宣言した。

客席から大きなどよめき。その後大歓声が沸き起こった。
ライブ終了と同時にステージにたくさんの親達が駆け寄って来た。
たくさんの感謝の言葉と感動したと言う思いを聞かせてくれた。
『救世主』と涙ながらに親御さん達が訴えてきてくれる。私は嬉しい気持ちと同時に大きな責任を感じた。

絶対にやめられない!

そう、ダウン症の子達と関わって生きていくと決めた時心に誓った事。自分の都合で子供達から離れたりは何があってもしない。やり続ける。死ぬまでやり続ける。死んでも続くスクールにする。みんなに夢を見させておいて、それを自分の都合で断ち切るようなマネだけは絶対にしない。ステージの上で宣言したのは自分への誓いの意味も含めてだった。

それから一ヵ月半後、私はLOVEJUNXを立ち上げた。

つづく

運命の出会い6☆~別れ~

父の車でアクターズに向かう。
その車の中で父は「お前の決断は素晴らしいと思う。俺には出来ない事だ。でもお前が思ってるほど楽じゃない。期限付きでレッスンを見てるだけなのと自分でスクールをやると言うのとは訳が違う。もしダメだと思ったら帰って来い。」と言った。
その言葉は嬉しかったが帰るつもりはなかった。

アクターズに着くとミーティングをする予定だったため、全校生徒が集まっていた。そこには昨日のコンサートのため大阪、横浜の生徒達もいた。

みんなの前で父が発表してくれるはずだった...
が、スクールに着くと父を取材するためカメラが来ていたため父はそっちに気を取られすっかり私の事を忘れてる...
一通り生徒の前で演説した父はそのまま去ろうとしていたので
耳元で「あの私の事を...」って言ったら「あ~そうだったな。お前自分でちょっと言っとけよ」

うげ。
20年アクターズにいて、辞めると言うのにそんなもんかいと寂しく思ったがまぁそういう感じには慣れていた。
仕方なく自分からみんなに「ちょっとお話したい事があります」と切り出した。200名くらいの生徒達に見つめられてた。

「アクターズを今月いっぱいで辞めます。私はどうしてもやりたい事が見つかりました。ダウン症の子供達のためのスクールをやりたい。」そしてダウン症の子達の現状、自分の思いを伝えた。

一緒にレッスンをしている横浜の生徒達はみんな泣き出した。
ざわついた。誰かが拍手をし始めた、そしてそれに続きみんなが拍手をしてくれ「アンナさんが決めた事なら応援する」と言ってくれみんな笑顔で送り出してくれた。
そしてその当時アクターズのテーマソングのようになっていた曲をみんながアカペラで歌ってくれた。みんなに囲まれ目の前で。みんなの顔が見れず目を閉じた。そして涙がこぼれた。
すごくすごく複雑な涙だった。

取材を終えた父も戻り、動揺している横浜の生徒達に話をしてくれた。私も横浜の生徒達とまず話をした。そして大阪の生徒達と話しをし、その後は声をかけてくれる生徒たち一人ずつと挨拶をした。沖縄の生徒達は男の子達をのぞいてはほとんど声をかけてこなかった。沖縄の子達とは色々な事がありすぎて、私も声をかけられずにいた。

そしてみんなが帰り、静かになったスクールで父に「じゃあ私も帰ります。ダウン症の子達のライブでみんなに自分の決めた事を伝えます。」と言うと父は「わかった。その時は俺も行くよ。俺からもちゃんと伝える。」と言ってくれた。
「色々と本当にありがとうございました。頑張ります」と最後の挨拶をした。
すると父が「まぁ別に別れじゃないから。色々とみんなで協力するよ。ただし、お前辞めた連中とはつるむなよ。お前と違って、ここを裏切って辞めた連中だから。そういう連中とつるんだらうちの生徒達が許さないから、みんなを敵にまわすぞ。
もうここに帰ってこれなくなるからな。」
と言われた。

私はうなづかず、ただ微笑んだ。
後に父のこの言葉がきっかけで私と父は絶縁状態に陥る事となる。

私「じゃあお疲れ様でした」
父「おお。じゃあな」

これが私と父の最後の別れとなった。

つづく

SKILLJAM発表会

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今日はパニクルーのやっているダンススタジオ「SKILLJAM」の発表会がありました。そこにLOVEJUNXのキッズとガールズをゲストとして呼んでくれました!そして発表会のナンバーにLOVEJUNXメンバーでSKILLJAMに通ってるメンバーが参加しました!

とってもあっとホームであたたかい発表会でした。
SKILLJAMのナンバーに参加していたメンバーがすごい頑張っていて、とても自然に混ざっていたのがすごく印象的で、他の出演者の方々がさりげなくフォローしてくれていたり、あたたかく迎えてくれてるのがヒシヒシと伝わってきました。
いや~、しかしLJっ子たち、あそこまでやれるんだと感心、感激、感動でした。やっぱりみんなやれば出来る子達なんだと再認識。
あらゆる意味で参考になり、とても勉強になりました。

SKILLJAMの皆さんとは今年の3月に行なったLJのライブにゲスト出演して頂いた縁もあってLJっ子の事はとても理解してくれていて、みんなホントにあたたかい!
ゲストに出たメンバーが客席からのあたたかい声援を受けホントに気持ち良さそうに踊っていた!

パニクルーの皆さんはずっとLOVEJUNXメンバーに心くだいてくださり、色々勉強させてくれ、本当にありがたいです。
今日はパニクルーはじめ、SKILLJAMの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいになりました。

こんな風に理解してくださる方が増え、みんなが活躍できる場が増える事が何よりもみんなを成長させると思う。
みんないい顔してたな~。

最高の発表会に胸が熱くなりました!!!
皆さんお疲れ様でした!

運命の出会い5☆~父への報告

4ヶ月ぶりに沖縄に戻った。
沖縄で行なわれるアクターズのコンサートの手伝いをする事になっていた。コンサートのリハに立会い、本番は音響、照明についた。そこには4ヶ月前まで教えていた沖縄の生徒達がステージで歌い、踊っていた。でも不思議と全く自分とは関係のない人たちのように見えた。何年も共に過ごしてきたはずなのに...チーフインストラクターでなくなった私はきっとあの子達にとってもうどうって事ない存在だったのかもしれないと思った。ひがみですな...

沖縄に戻ってみて、私の気持ちはさらに揺るぎないものになった。
もうここに私の居場所はない。
いや、私のいたい場所ではもうないと。

コンサートが終わった翌日、私は父に連絡を入れた。
「話したい事があるので家に行っていいですか?」
ホテルから父の家に向かった。
アクターズに入学した11歳の時から父の事は家でも「校長」と呼んでいた。そしてこの頃は「会長」になっていたので会長と呼んでいた。私たちは親子としての時間より師弟としての時間の方が長かった。11歳の頃から私の中で「パパ」という存在はなくなっていた。

父の家に到着し、父の向かいに座った。
「今日は会長としてじゃなく、父親として私の話を聞いてほしい。」と切り出した。
父は少し驚いたようだが、まさか私が辞めるなんて話をするとは夢にも思っていなかったのだろう。
「いいよ。なんだ?結婚か?妊娠でもしたか?」
まぁそう思われても仕方ない...

「私、アクターズをやめたいんです。やめさせてください。」
まっすぐ父の目を見て伝えた。
私は今でもそう伝えた時の父の顔に一瞬表れた傷ついたようなひきつった顔が忘れられない。
「もう決めたのか?」
「はい、もう決めました。私はここにいたらどうしても会長の背中ばかり見つめてしまって、自立できない。パパ、一人の父親として娘の自立を喜んでくれる?」
19年ぶりに父を「パパ」と呼んだ。
私の中で師弟関係から親子関係に戻るためのケジメだった。

父は「もちろん。ただ、俺はお前を1年くらいで呼び戻すつもりだったんだよ。そしてまた沖縄の生徒達をお前に任せるつもりだった。少し苦労してもらいたかったんだよな。」
さみしそうに父が言った。

「パパ、私ね、やりたい事が見つかったの。私はダウン症の子達のためのダンススクールを自分で始めようと思ってる。」
それを伝えた瞬間さっきまでの父のさみしそうな顔は一変した。
「そうか!!!それは素晴らしい事だ!なんだそういう事か。それなら俺も全面的に応援するよ!よしこれから生徒達のとこにも行ってちゃんと伝えよう。みんなでお前をちゃんと仲間として送り出すよ!」

私が父を裏切って出て行くのではなく、大きな目標のために出て行く。父にとってはそこには大きな違いがあったのだろう。

そして私は父の車に乗り、一緒に生徒達の待つスクールに向かった。

つづく




運命の出会い4☆~希望~

アクターズを離れる決心をしたとは言え、まだ何をするか決められず悶々とした日々が続いていた。他のタレントスクールを任せたいという話も実はあったりしたのだけど、なんかそれはアクターズの子達を思いっきり裏切るような気がして...
だからタレントスクールのインストラクターだけはもうしないと決めていた。


ダウン症の子達とのレッスンも半年を迎え、いよいよ最後のレッスン日となった。それまでは深く考えた事がなかったのに、最後のレッスンを終えて、みんなに囲まれ寄せ書きをもらったら涙が込み上げてきた。「あ~これでもう本番が終わったら、みんなとは会えなくなってしまうんだぁ」そう思ったらすごく悲しくなった。涙する私の肩を抱き、みんなから「大丈夫だよ、また会えるよ」なんて励まされたりした。

レッスンの帰りの電車の中で寄せ書きを読んだ。
あるお母さんからの手紙...
それは私の指導法を褒めてくれるものだった、そして
「これからもレッスンを続けてもらえる事を願って止みません」という言葉。

その瞬間私の中で何か霧がパーっと晴れてくように自分の進むべき道が見えた。「そっか、終わらせる必要はないんだ。私がやればいいんだ!!!」

そのお母さんからの言葉は私の迷いを吹き飛ばし、一瞬で決断させるくらい今の自分にとって必要な言葉だった。自信喪失していた私だったから。
こんな私を必要としてくれる人がいる!
私にやれる事がある!私じゃなきゃ出来ない事がある!
今まで積み重ねてきた事を捨てる事なく新しい道を歩める!
何よりあの子達と一緒にいれる!

ダウン症の子達のダンスライブの本番を迎える前にちゃんとケジメをつけたかった。

数日後、私は沖縄に向かった。
父にアクターズを離れて、ダウン症の子達のスクールをやると告げるために。


つづく

イベント出演情報!

LOVEJUNXのメンバーがイベントに出ます!
みなさんよかったら見に来てくださいな。


SkillJam主催 発表会&クラブイベント
「Skill de Jam」
発表会とイベントの融合という開校初の試みです。
スタジオから様々なジャンルのSHOW形式での発表や、Skill Jam生徒によるスタイル別コンテスト、クラス対抗バトル等の楽しい企画を開催予定です。

場所  渋谷BOXX
日時  11月18日(土曜日)
時間  昼公演/14:00 夜公演/19:00
料金  前日/2,500円(1D別)当日/3,000円(1D別)

昼の部にLOVEJUNXキッズがゲスト出演します!!!
夜の部にLOVEJUNXガールズがゲスト出演します!!

*******************************************************

ABCマートキッズダンス祭り 

場所   亀戸サンストリート
     http://www.sunstreet.co.jp/
日時   11月19日(日曜日)
時間   13:00~14:00
     ※観戦無料

LOVEJUNXキッズ出演します!

運命の出会い3☆~決心

東京で生活し始めて数ヶ月が過ぎ、自分の中で新しい道を歩みたいという思いが膨らんで来てどうしようもなくなっていた。

そんな時ある人を訪ねた。
それはアクターズにいた頃一緒に全国オーディションを開催した大手プロダクションの会長。一緒に仕事をしていた頃、その方はずっと「お前には才能がある!」と言ってくれていた。多分背中を押してほしかったんだと思う。

アクターズとそのプロダクションの関係が切れてから数年。
まったく疎遠になっていたにも関わらず、私が連絡を入れると会長はスケジュールをあけてくれた。

そして会って自分の思いを話した。
会長は「お前はやれるよ。親父から離れても立派にやっていける。あとはお前が決心できるかどうかだ。」

会長が会社を立ち上げたのが30歳の時だったそうで、
それまでは業界で最も大きいとされていたプロダクションにいた。そこで30歳で決心して、自分の会社を立ち上げた。

私はその時30歳だった。会長は私に「30歳は何か新しい事を始めるのに一番いい時だよ。遅すぎず、早すぎず。いくらでもやり直しがきく。」

見事に背中を押された。
会長のとこをあとにした私はアクターズを辞める決心をしていた。そして後はそのあと何をするか決めるだけだった。

つづく

一ヶ月半ぶりの大阪

20061111111019
今日は大阪のレッスンに出るため朝の6時の新幹線に乗って行きました~!

初めて見る大阪のマイスタジオ!

めっちゃキレイだぁー!

久しぶりに会う子供たちは大きくなってて、動きもよくなってた。
やっぱ楽しいな~!
もっと頻繁に行けるよう頑張ります!

運命の出会い2☆~出会い

東京に出てくる前に日本ダウン症協会からダンスライブをやりたいから半年間レッスンを見て、ダンスライブをやってもらえないかと言うオファーを受けていた。

私が横浜校を任された時ちょうどそのレッスンが始まった。
傷心のまま、相変わらずどうレッスンをすればいいものか悩んでいた状態のままダウン症の子達のレッスンをやる事になった。

正直不安だった。
なんの知識もない。
それがいきなり80人近い人数のダウン症の子達の前に立って指導しなければならない。
私の言葉を理解できるのだろうか?
ダンスなんて踊るだろうか?

知り合いに「ダウン症って知ってる?」と聞いてみても「頑固らしいよ」とか「大変だよ」とか「激しい運動はできないはずじゃ」とかあまり前向きな話が出てこない。

そして迎えたレッスン。
80人の子達を前にしていつものように立つ。
挨拶をして話し始めた...
が、聞いてな~い!!!!
焦った。
これはかなり気合入れねばみんなついてこないぞ~!!
そう思った。

これが私にとってかなり新鮮だった。
アクターズ全盛期の頃、私は芸能界を目指す子達にとってカリスマになっていたりしたので、どこに行ってもみんな食いつくように話に聞き入ってくれたし、長年アクターズの牧野アンナと言うだけで生徒達は当たり前のように言う事を聞いてくれてた。それがこの子達には私の肩書きなんて全然通用しない!

1から信頼を得るため頑張らなければならなかった。
気がつくと必死になってしゃべり、踊り、頑張ってた。
この感覚...インストラクターなりたての頃の感じだ。
するとどんどんみんながそれに応えて踊り始める。
話を聞いてくれる。
そして私を受け入れてくれる。

そして踊り始めたあの子達のなんと楽しそうな事!!!!
動きはめちゃめちゃだけど、すっごいいい顔してる!!!
しかも半端ないパワーで、半端ないめちゃめちゃさ!!
それがなんとも潔くてすごいと思った。
度肝抜かれました。
私、こんなに自由に踊れた事ない。
こんなに楽しんだ事ない。
この子達は誰にどう思われるかとか、どうやって踊ろうかと、そんな計算一切なくて、「自由に踊っていいよ」って言ったらホントにすごい自由に踊る。それってすごい事なんだよ!
だからびっくりしたし、感動した。

そして気がつくと私も思いっきり踊って、汗だくになってた。
こんなにマジで思いっきり踊ったのなんてどれくらいぶりだろうというくらい。イヤ、初めてだったかも。

いつも「才能」と言う言葉に縛り付けられ、自分に自信がなかったから本気で踊るのが怖かった。生徒達に「偉そうに言ってるくせにお前踊れてないじゃん」って思われるんじゃないかと思って言葉で誤魔化してきた。

でもあの子達の前では全然そんな事気にならずめーいっぱい踊れた。そもそもあの子達は私のダンスなんて見ちゃいない(笑)みんな夢中だもん。「お前の動きがどうかなんて知ったこっちゃねーや」と言わんばかりに(笑)
最高に楽しかった。

私はインストラクターになってから初めてレッスンを楽しむ事が出来た。

つづく。

運命の出会い☆~挫折

アクターズにいた頃からLOVEJUNXを始めるまでの事とかをちょっと書きたいなって思ったので書く事にしました。
以前にも書いた事があったと思うんですが、LOVEJUNXも5年目に突入って事で色々自分の中で整理してみようかなって思った次第です。



5年前...私は20年間やってきた歌とダンスの世界を辞めてしまおうと思っていました。

11歳の頃からずっとアクターズにいて、14歳で学校も辞めてしまったのでホントアクターズが自分の全てだった。
アクターズを辞める日が来るなんて思いもしなかった。

16歳でインストラクターになって、23歳で全てを任されるようになった。どんどんスターが出て、それと同時に注目を集めるようになり、生徒もすごい勢いで増え、気がつくとものすごい場所のトップに立っていた。でも父に常に「お前は才能がない。お前はダメだ。お前のバカは死んでも治らない。(ひで~)」と言われ続けてた私はコンプレックスの固まりで、どうしたら父に認められるのかって事ばかり考えてたように思う。
父がこうなれって言った「牧野アンナ」像になんとか近づこうと必死になってたんだろうな。どんどんストイックなインストラクターになっていった。いつも怖い顔して。それは父が求めていたものとはきっと違っていたんだと思う。でもその時の私にはあれが精一杯だった。450人の生徒達をまとめ、みんなのレベルを上げなければというプレッシャーを常に感じていた。失敗したら全てお前のせいだと言われ、とにかく結果を出さなきゃって必死だった。24時間生徒たちの事を考えてろ!と言われていた。
そんな中外部から来た人たちにはすごくチヤホヤされた。マスコミに取上げられ、勘違いしたり、天狗になったりもした。
精神状態メチャクチャだった...
私が本当にやりたいのはなんだろうって悩んだ。

それがある日、ある事をきっかけに全てがもろく崩れ去ってしまった。私はチーフインストラクターから外された。
父からも生徒からも責められた。正直、父の言う通りやってきたつもりだった私はどこで何をどう間違ったのか理解できずにいたけど、とにかく謝る事しか出来なかった。私はやっぱりダメだったんだとただただ反省するしかなかった。
でも今思えば、私は自分の置かれた立場に甘んじていて努力を怠っていた。ああいう結果になって当然だったのだと思う。

その当時は自分のやってきた事ってこんな簡単に失ってしまえるくらいのものだったのかと思うと悲しくて、情けなくて、つらかった。修行し直して来いと横浜のアクターズを任された。でももうどうやって教えたらいいのか分からなくて、怖かった。また同じ失敗を繰り返して、この先また10年頑張っても父の一言で全てを簡単に失ってしまうかもって思うとどうしたらいいのか分からなかった。

日に日に膨らんでいく不信を止められなくなり、ここにはいられないと思った。
アクターズを信じて来ている横浜の生徒達に対して、アクターズのやり方に不信感を抱き始めてる私が指導する事がとても申し訳なく、間違ってると思った。
でも他に出来る事なんて何もない。ここを離れたら自分には何も残らない。そう思っていたから、後にも引けず、先にも進めない。泥沼にはまって身動き取れない状態だった。
あの頃は毎日悩んで、つらくて、苦しくて一日中部屋でなぜか小田和正ばかり聴いて泣いていた。うちの母が私の気がおかしくなったと思って、心配したほどだ...
この世界に自分は向いていない。やめよう。そして何か全く違う事を一から始めよう。そう思い始めていた。

そんな精神状態の中、あの子達に出会った。


つづく。

波生の引越し

今日は午前中から波生の引越しの手伝いに行ってきました。
二人でせっせと荷物を車に積んで、移動して、降ろして、運ぶ。
この3往復。頑張りました~。

ここんとこ波生の話題は新たに引っ越す新しいマンションの話ばかりでした。ええ!ええ!イヤと言うほど聞かされました。
なんでもすんごい豪華なマンションだとか...
でも波生の事ですから、話半分以下で聞いてたんですが...

行ってびっくり!!!!
すごいゴージャスではないか~~~~!!!

豪華なエントランスに段差のないバリアフリーな造り。
部屋は日当たりが良く、トイレ、風呂別で、乾燥機付きの洗濯機まで付いてる。
なんと言っても綺麗!オシャレ!
う、うらやましい...
いや~ 波生のイメージじゃないでしょう~ってな感じです。

なんとなく波生は風呂なしの○○荘って名前の下宿屋みたいなイメージを勝手に持っていただけにね(^^;)

波生、めちゃめちゃテンション上がってました。
プロフィール

ANNA

  • Author:ANNA
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